2021年02月02日

【鬼考察】

実際に見たわけではないけれど、禰豆子が恵方巻を加えているポップが日本全国で踊っていることが容易に想像できます。そんな節分(あれ、節分って2月3日じゃなかったっけ?)の今日、みなさんはお元気にお過ごしでしょうか?いろんなことがあって落ちこんだりもしたけれど、私は元気です。節分の主役である「鬼」について。鬼は『約束のネバーランド』では人を食べる存在食人鬼ですね。まさに鬼畜の所業。人を食べるような人道に背く存在だから鬼と言われる。鬼道に堕ちた存在というわけです。今、日本全国でこどもにあだ名を禁止しています。鬼滅の刃にちなんで無惨とか63とか「キブツジ」とか言っちゃダメなわけです。私の職場でもあだ名は禁止。まぁ大人なんてでっかいこどもみたいなもんですからね。その都度釘を刺しておかないと神戸の著しく程度の低い犯罪者教師(鬼)みたいななのが現れるわけです。心を鬼にして言いますが、やはり鬼は排除しないといけないわけです。自分に対する戒めとしても。せいぜい職場で崇められるのは仕事の鬼くらいのもんですよ。

歴史的に見た鬼とは?これは傑作小説『QED』シリーズ(高田崇史先生)を論拠に展開したいです。自分から見た鬼とはつまり敵対勢力。たとえば大和朝廷や大和政権から見た敵対勢力のことです。自分たちに逆らう存在、自分たちの意のままにならない存在は敵、鬼なわけです。だから侵略する、武力によって討伐したり統治したり略奪する。相手が人だと思うから良心が痛むので「鬼」(ひとでなし)とすることで侵略するわけです。このメンタルは日本に限りません。歴史に敵に侵略した国、中国、エジプト、モンゴル帝国、ローマ帝国、スペイン、イギリス、アメリカ、韓国、中東地域の紛争…と枚挙にいとまなく出てきます。「正義」とか「聖戦」とかどれだけ自己正当化に努めようと結局のところ侵略であって、略奪・搾取しているという事実しかありません。戦っている双方が自分が正しいと信じているだけ、どっちが正しかったのか間違っていたのか歴史が証明してくれるとかいう人もいますが、死んでいるひとがいる・虐げられたひとがいるという事実の前にはただただ虚しいだけ。

安易に鬼は外鬼は外福は内と言うのも考え物です。だって社会的に権力者の数より被権力者の方がいつの時代も多い気がします。そして、鬼と決めつけられた弱者が先祖という人の方が絶対的に多いわけで、織田信長の子孫なんて人は稀有な存在、大概は農家や漁師、商人・職人が先祖のはずです。どちらが優れているとか尊いとかではなくて単純に生産者系の仕事を生業にしている人の方が多かったはずで、全員侵略者・戦闘民族なんてサイヤ人くらいでしょう。そして、そんなのは滅びるか絶滅危惧種になる存在でしかない。生物学的には弱い存在です。ミャンマーのことについては全然詳しくないのですが、ミャンマー軍の愚策・悪手だけが強調される形になった気がします。ワンピースではないですが、握手して人々が人繋ぎの宝を手に入れる日はいつやってくるのかなぁと思います。物語や創作で鬼がフューチャーされるのは造詣がおもしろいことと、それを人として描いてしまうと生々しいことや世間的にOKが出ないことが大きい気がします。鬼滅の刃では、元々人だったのに鬼と呼ばれる存在になってしまった人の葛藤とか過去の記憶とか悲哀とか、敵方の気持ちの代弁がされていて、それが新鮮だったなぁと。鬼すごかったなあと思いました。

【お知らせ】
一部政治家のポスター等に『鬼滅の刃』の作品イメージを利用したものが見受けられますが、株式会社集英社および週刊少年ジャンプ編集部は、これらについて一切の関与をしておりません。 2021年2月4日 週刊少年ジャンプ編集部(少年ジャンプ公式サイトより引用) ※ 一体全体どういうつもりだァ?
posted by おすすめ漫画、漫画百選、漫画名言 at 18:59| Comment(0) | 安寿の加齢なる日常V | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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