他人を押しのけて、出し抜いて、時に他人の足元をすくい、
時に寝首をかかれる……そんな殺伐とした世界はイヤだ。
でも徒競走で、みんな手をつないでゴールするこどもの姿を見て
大人がそれを見守る……というような地獄絵図そのものの
ような社会もイヤなのだ。なんか大人のエゴと言うか、
薄っぺらい押し付け理想主義の権化みたいな発想がイヤだ。
いやだ、いやだ。いや、ダイヤだ。
「ダーリンコラム」へ。
http://www.1101.com/darling_column/archive/2007-01-22.html
ここでたとえ話をひとつ。
人間が究極的に「進化」して、
たとえばわかりやすい「完成形」みたいな姿になる。
男も女も、みんな完成形で、みんな同じ容姿で、同じ能力で、
同じ思考で、同じ生殖能力とかを持つ。
みんな同一規格で能力は同じ。
競争のない社会だ。
考えていることが同じで、ほしいものも同じなので効率がよい。
国策は立てやすいであろうし、争いも少ないだろう。
別に意図しなくても、みんなが同じ能力なので
ヨーイドンで走り出したらみんな同じタイミングでゴールする。
そうある意味で「完璧」の世界だ。パーフェクトワールドだ。
……自己嫌悪に陥ることも多いだろうな。
……考えていたら気持ち悪くなってきた。
人類の歴史において、「殺人」が行われかった日なんておそらく
ないのだと思うけど(マンガ「不思議な少年」でそんな話を題材に
していました)、もしそれが実現するとしたら、ほとんど人類が
壊滅的な状態になったときだけなんだろうなぁ。
昔読んだ手塚作品で、地球上に敵同士のふたりきりになったら
はじめて仲良く手を握れた作品みないなね。
映画の「アイ・アム・レジェンド」みたいなね。
ドラえもんの秘密道具で、みんなの能力が同じになる
(のび太を基準にしたから、問題が次々と巻き起こった)
というのがあったけど、それはそれで退屈なんだろうなぁ。
今以上をほしがりながら、変わらないでもいたい!と思ってしまう
のは人間の持つ究極的な悲劇的性格なのかもしれない。
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