2008年12月31日

「煩悩の数だけ夢がある」

108つ。
煩悩(ぼんのう)は人間らしさそのものなのではないだろうか?
ニュアンス的には、人の持つ欲望の数とかマイナス的要素を
大晦日に鐘を撞いて煩悩を追い払おう!というノリ?だが、
108じゃ足らないんじゃないか?と思うのである。

宮崎あおいをどぎゃんかしたい!というのも煩悩だ。
108人は好きな人がいるというのも煩悩だ。
109(イチマルキュー)で買い漁るのも煩悩だ。
今まで食べたことのない大トロをお腹いっぱい食べたいのも煩悩だ。
おもしろいマンガを読みたい!というのも煩悩だ。
宇宙に飛び出したい!という宇宙への夢の発露もはじまりは煩悩だ。
テストで100点とりたいのも煩悩だし、
箱根駅伝でたすきを繋げたいというのも煩悩だ。
初夢ぐらいはいい夢みたいというのも煩悩だ。
トムソンガゼルを狩りたい!というのは肉欲だ。
もしかしたら、108個の鐘を撞く行為すらも煩悩かも。なんてね。

煩悩は必ずしも悪い意味だけではないと思うのである。
何かをはじめる契機になったり、動機になる(不純でも)気がする。
モテたいから、スポーツ選手やお笑い芸人になる!
と心に誓ったり努力したりね、はじまりは煩悩なわけでしょう?

叶わぬ夢に涙したり、でも諦めきれないでふんばってひたすら
その夢を追い続けるのもまた人間らしさだと思うし、
悩みながら迷いながら生きるその不器用さも含めて愛しい。
つまり、人間の人間たるゆえんであり、アイデンティティーだ。
煩悩を持たない石部金吉に魅力はないし、それは人形ではないか?
「ドカベン」の山田の持つ完璧な超人っぷりもすごいとは思うが、
岩鬼の持つ圧倒的な「わが道を行く」エゴと枠にはまらない魅力の
前には、やはり色褪せて見えてしまうのである。

人間が108つの煩悩なくして、心の平安を手に入れて
何も望まず、何にも捉われず、何にも苦しまない……
それはそれでつまらないのじゃないだろうか?
超然とした存在をすごいとは思っても、長く愛せない気がする。

夢や目標と野望・欲望・煩悩はニュアンスこそ違え、
本質的にはおんなじものである。
主観・客観、捉え方が違うかもしれないが。

何かをはじめるきっかけとなる衝動(es)→ここでは煩悩と同義
をすべて否定したら、結局それはそれでつまらない世の中に
なるのではないだろうか?
子煩悩とかね。目尻を下げて自分のこどもの話とかをうれしそうに
する同級生とかを見てると、煩悩も悪いものじゃないと思う。
悩みの種が増えるってことは、幸せの種も増えるってことだと思う。

〜本年はありがとうございました。来年もよろしくお願いします〜

私は、トムソンガゼルを守りに行くのでこのあたりで失礼します。
→わかんない方は「肉欲企画。」(12月30日)参照のこと。
煩悩が2949ある御仁には勝てません。
posted by おすすめ漫画、漫画百選、漫画名言 at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 安寿の加齢なる日常V | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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