2008年12月18日

「せめて人間らしく」

賢者は、他人の行動から学ぶ。
並の者は、体験で学ぶ。
愚者は、体験から何も学ばない。

けがをしたら、「これ位のことをしたらこれ位のけがをする」
ということを「学ぶ」。
転んだこどもは、何かを学ぶのだ。
ならば、死なない程度に転べばいい。立ち上がればいい。

相手を怒らせたら、これ位のことを言えば相手が怒るとわかる。
相手を怒らせたら、これ位のことをしたら怒るとわかる。

だが、わざわざけがをしたがる人間やけがさせる人間は
稀だと思うので、ほとんどの者は、けがをしないように心掛ける。
けがをさせないように心掛ける。
賢者は、周囲を心配させないように言動に注意し、
並の者は自分が痛いのがいやなので言動に注意し、
愚者は、言動を反省も咀嚼もせず、痛みを人より早く忘れてしまう。

たとえば誰かをかばうなどの目的や、
危険に見合う報酬でもよほどの者でなければ、
けがをせぬように心掛ける(はずだ)。

また自動車にひきずられて人が亡くなった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081217-00000525-san-soci

飲酒運転の末の殺人。またか。まことに愚者は何も学ばない。

「ドカベン」を読んでいたら、すごい数の「死ね」ということばが
出てきて気になった。もちろん、岩鬼や殿馬などキャラクターたちは
本気で言っているわけじゃない。韓国の悲惨な事件や、
日本の学校裏サイトのような殺伐とした感じはそこにはない。

「死ね」は人間が言ってはいけないことばのひとつだと思う。
そしてことばは、自分自身にもはね返ってくる。自縄自縛だ。

でもあえて私は、飲酒運転を繰り返す人間に対しては
「死ね」と言いたい。自分を戒める意味でも。
自分や自分の近しい人に起こりうることでもあるから。

悪いことは悪いし、怒られるべきときは怒られるべきだと思う。
被害者の家族からは、どんなことを言われても仕方ない。
呪詛の言葉を受けても仕方ないことをしたのだから。

正直、生まれてこなければよかった、できそこないだと思う。
殺してから、殺したことを悔いても遅いのだ。

犯行が明白な場合の法制度による死刑の死と、
とりかえしのつかない「殺人」による死とは
論じるまでもなく別次元の問題である。

厳罰化したことで、事件数は減っているが、
愚者その者が減っているわけではないから同じようなことは起こる。
だからもっと厳罰化せよ!という話しではない。
みんな賢者になれ!というのでもない。そもそもムリだ。

なんかこう、もっとましになってほしいなぁ。
「成長」とかみたいに、高いレベルの話しじゃなくて、
道端に落ちている枝をまたぐ位の「まし」なレベルの話だと思う。
それこそ、大人にどうこう言うレベルの話しではなくて
こどもにもわかるレベルの話だと思うのだが。
純粋にゆがんだまま身体だけ成長した姿が、最近の凶悪犯なのかも。
posted by おすすめ漫画、漫画百選、漫画名言 at 18:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 安寿の加齢なる日常V | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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