2008年09月17日

「折れない心」

今回は、吉田松陰の「知って死ぬのと、知らずに死ぬのは違う」
の話をします。

ペリーが浦賀に黒船で来航し、「開国せよ!」と幕府に迫った
ときに、軍艦で密航を企て、吉田松蔭は投獄されます。
彼は、山口県萩の松下村塾で高杉晋作、伊藤博文、久坂玄瑞ら
を育てた、明治維新の立役者、教育家にして、思想家です。

松蔭は、野山の獄という「250年間誰も出たことない」という
終身刑の牢屋に入れられてしまいます。そんな絶望的な状況下、
吉田松陰は牢屋の中で講義をはじめます。
松蔭は、毎日毎日、儒学の講義を行いましたが、
絶望の淵に立つ囚人たちは誰も聞いてくれません。

ある日のこと、それを見兼ねた囚人の一人が松蔭に言います。
「あなたいいこと言っているけど、それを俺たちが聞いて、
何になるんだ。俺たちは終身刑だ。もう一生牢から出ることは
できない。あなたのいい話を聞いても、社会に出て役立てる
ことはできないんだぜ」
松蔭が返答します。
「確かに、あなたのおっしゃるとおり、我々はもう一生
外に出られない身です。だけど、こう思うのです。
いいか悪いかは別として、何か物事を知って死ぬのと、
知らずに死ぬのとでは違うのではないかと」

松蔭の想いが通じたのか、その囚人は松蔭の話を聞くように
なります。そして、他の囚人たちも……。一生外に出られない
人たちが、学ぶことの喜びを知ったのです。
激動の時代を迎え、松蔭は牢屋から出されます。
そして、その後、松蔭と牢獄されていた囚人たちも何人か
出獄しています。松蔭と出会わなければありえないことです。

お礼を言いにきた、人たちに松蔭は答えます。
「出獄されたのは、みなさん自身の力によるものです」
私には権力もありません。お金もありません。
腕力もありません。しかし、学問があります。
どんな状況でも、私は学問だけを信じてきました。
学問があれば、どんなことも可能と信じて、
牢屋の中で学問をしていたのです。
それが実を結んだだけです。信ずるは学の力のみ」

この話は、大学受験の日本史の参考書の話です。
「学問」に限らず、自分の信じた道を、自分のペースで、
進むことはできると思います。心が折れそうなとき、
しょっちゅうありますが、松蔭の「Never give up」の
精神を思い出して、奮い立たせるのです。折れそうな心を。
posted by おすすめ漫画、漫画百選、漫画名言 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ほぼ漫画名言集・迷言集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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