2008年07月23日

「殺人」

「なぜ人は人を殺してはいけないのか?」
ということが広く論じられるのは、人が人を殺す機会が多いという
ことに他ならない。歴史的にも、現代においても。

そのひとつの答えとして、「死んだ人間は生き返らないから」
というのがあると思う。ドラクエのキャラやマリオは、
いくら死んでも生き返る。能力にも変化がない。リセットできる。
神のように死ぬことがなく、紙のように再生ができる。
よってプレイヤーは痛みを感じえないが、リアル世界において
人間(生き物)を殺したら生き返らない。大抵の人間は、アリとか
虫を殺してそのことに気付く。同時に社会は、あらゆる方法で
「殺す者を殺す」という事実に気付き、それが抑止力になる。

殺人事件が起きるたびに、ゲームや漫画などの影響が取り沙汰
される。先の事件においても、漫画の影響と議論されている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080722-00000003-yom-soci

しかし底が浅い。所詮ゲームはゲーム、漫画は漫画である。
熱中したり、大好きになることはあっても、いっしょに生活している
家族よりも影響力があるとは思えない。それが、いわゆる
理想の親であっても、大嫌いな親であってもだ。
散歩をしていると、無造作にベビーシートが投げ捨てられている
ことがあるが、こういう親のこどもは、高確率でろくでなしに育ち、
中には親を反面教師にして、まっとうな人間になるのだと思う。

仮想の世界は魅力的だが、現実の世界には勝てない(はずだ)。
一人の漫画家が描く世界は、一人の漫画家の世界観であるのに対し、
外に出れば無数の人間がいる無限の可能性をもった世界が
広がっているからだ。
(もっとも、脳自体は宇宙のようにはかりしれないので、
一人の人間の発想が100人の発想を超えることはままある)。
殺人を犯して、「ドラえもんが助けに来てくれると思った」という
人の形をした生き物がいたが、ある意味で「脳≒宇宙」を証明した。
(ドラえもんをどう読んだら、そういう発想が生まれるのか大いに
 疑問であり、大好きなドラえもんを穢された気分になった)

そして、殺人犯には社会的な意味での抹殺や「死刑」が待っている。
「死刑」を残酷な制度という死刑廃止論者は、積極的に計画的に
行われた殺人行為や、殺された人間や被害者に近しい人たちに対して
の配慮に欠けると思うのだが。神が裁いてくれないから、人が裁く。
死神が、悪い奴の命ばかりを狙うのなら、ベターなのだがそうも
いかないし、そもそも神がいたら悪い奴が生まれてこないと思うの
だが……。人が「トトロ」とか「ポニョ」とか安心して観られる
作品を支持するのが、わかる気がする。

「人は、人を生かすものと、人を殺すものを作る」
という言葉があるが、できることなら人を生かす社会を
と願ってやまない。
posted by おすすめ漫画、漫画百選、漫画名言 at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 安寿の加齢なる日常U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【安寿(あんじゅ)】管理人
 自称「漫画のソムリエ」
 埼玉出身、趣味でブログを
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 本屋が好きです。
 
 幼少の頃から
 漫画が大好きだった私が
 まさか漫画家になるとは
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 そして実際なりません
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